前回の記事の続きです。
大手パンメーカーがこぞって『イーストフード、乳化剤不使用』を謳っています。
しかし、この強調表示に、パンメーカー最大手の山崎製パンが異議を申し立てました。
どういうことでしょうか?
山崎製パンのホームページから引用させていただきます。
(イーストフードで検索すると出てきます。)
「イーストフード、乳化剤不使用」強調表示のある市販の食パンや菓子パンについて、商品中の油脂成分を抽出し、その油脂成分の中にある乳化剤成分の分析等を実施し、科学的な見地からこの強調表示の適正性と科学的根拠について精査いたしました。
「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示のある食パンや菓子パンは、イーストフードや乳化剤と同等同質、あるいは同一の機能を有する代替物質を使用して製造された食パンや菓子パンであり、添加物表示義務は回避できますが、実際はイーストフードや乳化剤を使用して製造された食パンや菓子パンと何ら差のあるものではありません。
お客様が「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示をご覧になると、実際にはイーストフードや乳化剤の機能を持つ代替物質を使用しているにもかかわらず、この食パンや菓子パンにはイーストフードや乳化剤はその代替物質を含め一切使用されていない、もしくは一切含まれていないと誤解し誤認される恐れがあります。
安全性が国際的に公認され、国が科学的根拠をもって安全性を評価し、広く使われているイーストフードや乳化剤に何か問題があり、「不使用」強調表示がされている食パンや菓子パンが、食品安全面、健康面で、あたかも優位性がある商品のように誤認される恐れがあり適切な表示とは言えません。
科学的見地から見て、またその食パンや菓子パンを消費されるお客様の立場から見て、更には食パンや菓子パンの表示のあるべき姿から見ても、「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示は不適切な表示であり、直ちに取り止めるべきだと考えています。
ちょっと難しいですね。
簡単にまとめてみます。
「イーストフード、乳化剤不使用」と表示してある食パンと菓子パンを科学的に調べました。
その結果、「イーストフード、乳化剤不使用」と表示してある食パンと菓子パンは、添加物表示義務のない、イーストフードや乳化剤と同等の機能を持つ代替物質を使用していることが分かりました。
ですが、お客様には、イーストフード、乳化剤だけではなく、その代替物質も一切使われていないと誤認される恐れがあります。
また、イーストフードや乳化剤に何か問題があり、「不使用」と表示したパンに優位性があるように誤認される恐れもあります。
よって、「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示は不適切な表示であり、直ちに取り止めるべきです。
ということです。
最大のポイントは、『イーストフード、乳化剤不使用と表示されているパンは、添加物表示義務のない代替物質を使っている』ということです。
これを読んだ皆さんが思うことは、「えっ!添加物表示義務のない添加物ってあるの?」ということだと思います。
答えは“あります”です。
以下にまとめてみますね。
(厚生労働省のホームページから見ることが出来ます。)
加工助剤
食品の加工の際に使用されるが、(1)完成前に除去されるもの、(2)その食品に通常含まれる成分に変えられ、その量を明らかに増加されるものではないもの、(3)食品に含まれる量が少なく、その成分による影響を食品に及ぼさないもの。
例)プロセスチーズ製造時に炭酸水素ナトリウム(重曹)を用いたとしても、加熱融解の工程で大部分が分解してしまい最終食品への残存はごく微量になる場合には加工助剤に該当
キャリーオーバー
原材料の加工の際に使用されるが、次にその原材料を用いて製造される食品には使用されず、その食品中には原材料から持ち越された添加物が効果を発揮することができる量より少ない量しか含まれていないもの。
例)せんべいの味付け用に、安息香酸(保存料)を使用したしょうゆを用いたとしても、当該添加物が最終食品であるせんべいの保存料として効果を持たない場合にはキャリーオーバーに該当
栄養強化剤
例)ビタミンA、βカロテン等のビタミン類
塩化カルシウム、乳酸鉄等のミネラル類
L-アスパラギン酸ナトリウム、L―バリン等のアミノ酸類
難しいですが、これらを頭の隅に置いてください。
話を進めていきます。
冒頭に記した山崎製パンの見解には続きがあります。
なんと、“イーストフードと乳化剤の添加物表示義務を回避する技術”が述べられているのです。
その中にイーストフードや乳化剤と同等の効果が得られる代替成分(代替技術)が記されています。
詳しくは山崎製パンのホームページを見ていただきたいのですが、代替成分として主に“酵素”が挙げられています。
“酵素”が、イーストフードや乳化剤と同等の働きをするというのです。
では、“酵素”に添加物表示義務はないのでしょうか?
結論から言うとありません。
“酵素”は、パンを焼く際に焼失してしまうため、加工助剤にあたり添加物表示義務がないのです。
つまり、「イーストフード、乳化剤不使用」と表示されているパンには、イーストフードや乳化剤と同等の効果が得られる酵素が使われているが、酵素は添加物表示の義務がないため、あたかも何も入っていない、すなわち“無添加”であるように思われてしまうということなのです。
実際に、“生地改良剤 表示不要”で検索してみてください。
表示義務がないことを売りにする、酵素系の生地改良剤が出てきます。
実際にカセルでも、業者さんから「添加物表示のいらない生地改良剤があるから使ってみてください。」と勧められたことがあります。
物は試しで型に入れるパンでテストしてみたのですが、あまりに膨らみすぎて型が変形してしまうほどでした。
こんなに膨らませる理由がカセルには見つかりませんでしたので、テストで一度使った限りでその後使うことはありませんでした。
実はこれらの話は、パン業界では周知の事実なのです。
添加物表示をしなくていい添加物の存在を知ってからは、「イーストフード、乳化剤不使用」の表示を見るたびに、「あ、あれを使っているんだな。」と理解するようになりました。
しかし、一般の消費者はそんなこと知る由もないと思うと、そのたびにもやもやした気分にさせられました。
「イーストフード、乳化剤不使用」の裏側に触れることは、私の中ではタブーとされる気がしていました。
裏のからくりを表沙汰にされると、困る人たちが出てくるからです。
ところが今回、パンメーカー最大手の山崎製パンが異議を申し立ててくれたおかげで、私も書くことが出来たということです。
ですが、「イーストフード、乳化剤不使用」を謳うパンメーカーが悪いというつもりは全くありません。
ルールに則った表示をしているだけですから、ルールが悪いとすべきです。
ルールに穴があるために、その穴を狙ったやり方が存在してしまったのです。
ですから、穴を狙ったやり方をしていない山崎製パンが声をあげたことも理解できます。
正直者がバカを見るのでは、面白くないのも当然だと思います。
ただ、山崎製パンと私の着地点は違うものでした。
山崎製パンが結論として、「イーストフード、乳化剤不使用」等の強調表示は不適切な表示であり、直ちに取り止めるべきだとしています。
ですが、イーストフードと乳化剤を使っていないのは事実です。
使っていないものを「使っていない」と言っているだけですから、なんら悪いことではないと思います。
問題なのは、“酵素”の様に使っているにもかかわらず、添加物表示義務を免除される添加物があるということなのです。
同じ効果があるのにもかかわらず、かたや表示義務があり、かたや表示義務がないとすれば、表示義務のないほうを選ぶのは無理もないことのような気がします。
そもそも、食品表示ラベルの目的はなんなのでしょうか?
食品表示ラベルには、消費者が正しい情報を得て、どれを選んだらいいのか判断できるようにという役割があるはずです。
添加物が入っているにもかかわらず、表示されていないのでは、判断のしようがありません。
作る側は堂々と使っているものを表示し、消費者がしっかりと判断できるような表示のルールに見直すことが、あるべき姿のような気がします。
ちっぽけなパン屋が一石を投じてみました。
少しでも暮らしやすい世の中になればいいなと思います。
(いいお天気にテンションが上がるシェフです。)