シェフの決断

今回私はある決断をしました。
それは『国産小麦100%』をやめるということです。

国産小麦100%化のためにいろいろな粉をテストしたうえで、自分自身納得いく粉と巡り合うことが出来、国産小麦化に踏み切ったのが2017年の11月末でした。
国産小麦化してから2シーズン近く経ちますが、ある異変が起きたのです。

一回目の異変が起きたのはちょうど一年前の梅雨明けごろでした。
その異変とは、“パンから突然小麦粉の香りと味が消える”というものです。

パンが焼きあがったとき、特に食パンが焼きあがったときは、とてもいい香りがして「今日もいいパンがやけたぞ。」と幸せな気分になるのですが、ある日突然全く小麦粉の香りがしなくなったのです。
バターや砂糖などの副材料の香りはするのですが、小麦粉の香りが全くしません。
自分の鼻がおかしくなったのかと思えるほどです。

生地の捏ね具合、温度、発酵具合など、パン作りに原因があるとは思えませんでしたが、ありとあらゆる手でどうにかならないかと試行錯誤を繰り返しました。
その間約3~4週間ほどだったかと思います。

そうこうしているうちにいつの間にか小麦の香りがするパンに戻ったのですが、その間は大げさでなく血の気が引く思いがしましたし、生きた心地がしないといってもいいほどでした。
パン屋にとっては大きな死活問題です。

業者さんにも確認した結果、小麦の香りがしなくなった原因は小麦粉の“ブレ”ではないかとのことでした。
国産小麦は生産量が少ないからでしょうか、品質のブレが外国産に比べて大きいそうです。

確かに国産小麦に変えてからは、仕込みの際の水分量をこまめに変えるようになりました。
でもそれは職人の腕でカバーできる許容範囲内のことでした。

ですが、粉自体の香りがなくなるということは、職人技でどうのこうのできることではありません。
品質が戻るのをただ待つことしかできませんでした。

このことがあってからは国産小麦に不信感を抱くようになり、「また香りがなくなる日がくるのではないか。」と爆弾を抱えたような気分で日々過ごしていました。
そしてついにその恐怖が再びやってきたのです。
今年の梅雨明けにまたパンから小麦の香りが消えました。

毎年同じ時期に小麦の香りがしなくなるという現象が発生するので、時期的なものが関係しているのかもしれません。
となるとおそらくこれから毎年香りのないパンを焼く時期が発生するということでしょう。
これは無視できない重大な問題です。

そもそもカセルが国産小麦100%化に踏み切った理由は、「こちらのパンは国産小麦100%?」とお客様に聞かれることがあったからです。
自分なりに調べた結果、外国産小麦はポストハーベスト処理がされている、外国産小麦からは国産小麦よりも農薬の検出量が多い、しかしその量は微量であり人体には影響がない、という事実が分かりました。

ではなぜ国産小麦100%にこだわるお客様がいらっしゃるのでしょうか。
それは“安心”だからです。

この量なら体に影響はないですよと言われても、積極的に放射能や紫外線などをを浴びる人はいないのと一緒です。
カセルとしても安心してパンを召し上がっていただきたいという思いから国産小麦100%化に踏み切ったということなのです。

そして今、国産小麦を続けるべきかやめるべきかの決断を迫られました。

このことでカセルのオープン以来と言ってもいいほど悩みました。
私を苦しめているのは、国産小麦を続けるにしてもやめるにしてもお客様にご迷惑をかけてしまうということです。

香りと味のしないパンを出すわけにはいきませんが、国産小麦100%を求めて来てくださっているお客様もいらっしゃいます。
今まではお客様に喜んでもらいたいとの想いでいろいろな判断をしてきました。
ですが今回どちらを優先させるべきかと、オープン以来初めてお客様を天秤にかけるような判断を迫られたのです。

そこで私が出した結論が、『国産小麦100%』をやめるということでした。
おいしいパンを作るために外国産小麦も国産小麦も使う(国産小麦ありきではない)という、いわば国産小麦100%化する前のカセルに戻すということです。

どちらのお客様を優先させるかの判断はつきませんでした。
最終的な判断材料になったのは“自分の気持ち”です。

国産小麦100%だけれども時期によって香りや味が変わってしまうパンと、外国産小麦も使うが味と香りが安定するパン、お客様に対して自信を持ってお勧めできるのはどちらかと自問した結果が後者ということなのです。

他の国産小麦を探すという選択肢も考えましたが、一年がかりでようやく探し当てた粉でしたので、今後自分が納得できる粉に巡り合えるかどうかもわかりません。
仮に見つかったとしても、またこのような問題を抱えた粉である可能性も否定できません。
結論を急ぐという意味でも今回の判断になりました。

まずは、国産小麦100%という理由でカセルのパンを買ってくださっていたお客様にご迷惑をおかけしたことをお詫びしたいと思います。
大変申し訳ございませんでした。

今後お客様が混乱されないように、店頭での表示、ブログ(過去ブログの修正も含めて)等にて今回の決定の周知に努めてまいります。

問題のある国産小麦の銘柄は特定されていますので、問題のない国産小麦は今後も使っていきたいと思いますが、パンについては国産小麦100%ではなくなります。
焼き菓子については引き続き国産小麦100%となります。

お客様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどよろしくお願いします。

ブーランジェリーカセル 店主 小川 宜孝



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